うまみとコクのある本

本以外も持論を展開

ダークな短編集『The Indifference Engine』伊藤計劃

 

短編集だしページ数もそれほど多くないのに読むのに時間かかった一冊。

なぜなら話が重いから・・・すごく面白いんですけどね。

作者の『虐殺器官』もそうだけど作品のテーマとして「死」がすごく重要視されているせいか終始鬱々とした雰囲気。

 

表題作の「The Indifference Engine」は現実に起きた大虐殺を下敷きにして書かれているらしい。この本を読み終わった後に調べてみたけど本当に悲惨な事件だった。こういう大量殺人は悪手に悪手を重ねた結果起こるんだなと思った。

なんか着想を得る題材だったり言い回しとか諜報機関?とかの説明だったり本当にこの作者は頭がいいんだろうなといつも思わせられる。

あと比喩表現が素敵。聖書から持ってきたりとか、英文学みたいなおしゃれな言い回しなんだよな~。地の文の美しさは近年の小説家の中でもずば抜けていると思う。早くに亡くなられたのが本当に惜しい。

 

疑問なんだけど「From the Nothing, With Love.」に出てくるリベットの実験ってSF界隈では有名なんですか・・・?被験者が指を動かそうと決意するよりも先に脳はそのための準備をしているっていうやつ・・・。自由意志は存在しないとかなんとか。この話が読んでて一番衝撃だった。そしてそれを使ってイカした短編を書く作者の才能がすごい。題材を自分なりにアレンジしてオリジナリティにする力がある。ほんとうに天才なんだなあ~。

 

そして作者の絶筆で未完の「屍者の帝国」。これはのちに円城塔氏が続きを書いて出版されたもの。伊藤氏が書いたのは冒頭だけなのですがこのすこしの部分だけですごい面白い。主人公がワトソン君だし。吸血鬼やフランケンシュタインなんて言葉も飛び交い名作の予感しかしない。他の作品より導入がフランクで分かりやすいし、完結していれば『虐殺器官』や『ハーモニー』越えもいけた感じがある。ああほんとうに天才だったんだなあ(しつこい)。

 

巻末にSF評論家の岡和田晃氏のべた褒め解説が載っていて、締めに「伊藤計劃のプロジェクトを受け継ぐのは、本書を読むあなたなのだ!」みたいなことが書いてあるんだけど、・・・・・・一介の読者が受け継ぐにしては荷が重すぎますよ!天才すぎて!